フリダヤ瞑想(HrDAYA Meditation)の紹介

瞑想は身体と心にとても良いものだと分かっているけど・・・
瞑想は難しいものと思ってないですか?
自分には続けられないと思っていませんか?
そんなことはありません。
本当の瞑想法はとても簡単で誰でも毎日実習できるものです。
古代インドの聖なる知識ヴェーダの中にはとても簡単で、
驚くほど効果的な瞑想法が伝えられていました。
この瞑想法はそうしたヴェーダの聖なる知識をヒントに考案された瞑想法です。
フリダヤとはサンスクリット語で心臓を意味します。あるいは心という意味もあります。同じ心という意味でチッタという言葉がありますが、チッタは精神的な心のみを意味します。それに比べるとフリダヤはそのチッタも包括し肉体、精神を含む、魂が座す場所を指します。フリダヤとは魂を意味するアートマンとも同意義語です。それは同時にこの宇宙の絶対真理であるブラフマン(「空」、絶対なる静寂、宇宙原理)とも同じ意味です。
また、フリダヤはフリ(宝物庫)+ダヤ(慈悲)=慈愛の宝物庫です。慈悲の性質を唯一神から与えられた存在が人間です。故にフリダヤは人間しか持ちません。ハートに慈悲を宿した姿こそが人間の理想的な姿です。そしてその慈悲のエネルギーこそがディヴァインソウル(神聖な魂)の本質です。故にフリダヤが目覚めてくると、フリダヤには神が宿ります。そしてディヴァインソウル(神聖な魂)がより活性化します。
インドの古典的な聖典バカバットギータや、日本人にはなじみの深い般若心経もフリダヤと深く関係があります。正式には「般若波羅蜜多心(プラジュニャーパーラミターフリダヤ)経」と言います。フリダヤは心を意味すると同時にフリダヤという言葉自体が真言(マントラ)であるとも信じられています。
試しに心の中でハートの奥深くに染みこませるように何度も「フリダヤ・・・フリダヤ・・・・」と唱えるだけでも心が落ち着いてきます。サンスクリット語はすべてがマントラであり、心を落ち着かせたり、意識の覚醒をもたらす作用があります。音自体が聖なる言葉それがサンスクリット語です。
フリダヤ瞑想はインドでヴェーダと呼ばれる神の啓示から生まれた聖典に記述された幾つかのサンスクリット語のマントラを使用して深い瞑想の体験に導くテクニックです。
フリダヤ瞑想はすべてのマントラの核となる短いマントラ、ビージャマントラ(一部ピンダーマントラ)をプジャと呼ぶ儀式を通し、偉大なる聖者と神の祝福を受けて授かることで深い瞑想と浄化を起こします。その効果は本当に素晴らしいものがあります。
マントラがその威力を発するのはプジャを通してです。プジャを通してマントラや伝法を与えるというシステムこそがヴェーダの真髄です。なので同じようにプジャを通してマントラを渡す瞑想法はインドでは少なくありません。
大切なのはそのプジャを通してどのような神やマスターからどのような恩恵が渡されるかです。ただマントラを呪文のように捉えたり、機械的にプジャさえすれば誰でも同じようにマントラの伝達ができるというのは無知と盲目としか言いようがありません。
私が行うプジャはすべてグルパランパラ(グルの霊的な系譜、いかなるグルに属そうとも最終的にはどのグルの霊系もグルの中のグル、ビックボス、ダッタトレーヤー神に至る)と偉大なるサッドグル、シルディババ(ダッタトレーヤーとシヴァ神の化身と言われた100年ぐらい前に現存した偉大な聖者)に捧げます。その結果、グルと神の偉大な恩恵がマントラにチャージされます。その結果、生徒は何の心配もなく深い瞑想の体験を得ることができます。
私自身はTM瞑想、フルフィルメント瞑想という二つの同じようにマントラを伝達する瞑想法を経て、この瞑想法を開発、考案しましたが、大切なのは渡すマントラの種類ではなく(無論それもある程度は重要ですが・・・)そこにどのようなエネルギーがあるかです。そのことに気がついてからはテクニックそのものにこだわることは非常に愚かな事だと思うようになりました。
フリダヤ瞑想にも幾つかのマントラが準備されています。それには二つの理由があります。一つはまずは安全なエネルギー伝達システムをその人自身の肉体と精神レベルに構築する必要があります。その為にはまず最初に女神の加護を受けなければなりません。女神の加護無しではいかなる霊的な学びも安全にスタートできません。それには幾つかの重要な女神のマントラを授かる必要があります。(マーヤマントラとマザーカーリマントラ、残りの二つは自由)
二つめはある程度の安全性が得られたらそこからは一挙に瞑想のもっとも深い境地を味わう状態へと導きます。それにはシヴァ神という神の加護が必要になります。シヴァ神の加護により、「空」あるいはブラフマンと呼ぶもっとも深い瞑想の境地に誰でも到達出来るようになります。(アリハンマントラとサダーシヴァマントラ)
そこまでの境地に導く為にはやはり少なくとも数種類のマントラをエネルギーの伝達が必要です。その為に幾つかの基本的なマントラ+シヴァのマントラが用意されています。
そして最終的にはフリダヤ瞑想ではマントラを使わなくなります。ただ目を閉じて意識をハートあるいはグルスタン(眉間の第3の目)に向けるだけでいつでも「空」あるいは深い静寂の体験を得られるようになります。それがフリダヤ瞑想の目的です。
それは、いつまでも生徒に次から次へとマントラを収集することに縛り付けるようなことをしないためです。それは教師の傲慢であり、生徒をいつまでも教師の奴隷状態にする悪いシステムです。長く瞑想指導をして来た中で私が得た結論です。
瞑想は重要ですが、もっと重要なことはこの人生で神を発見し、悟りを開くことです。瞑想はその為の基礎固めです。ですから、瞑想だけでは決して悟りは得られません。いつまでもマントラを集めて瞑想に耽るスタイルからはある段階に達したら脱却し、次のステップに導く必要があります。それがディヴァインソウルプログラムの目的です。
フリダヤ瞑想によっていつでも深い静寂と心の安定が得られるようになると次のステップに移ることができます。あなたの中が綺麗になったら今度はそこに偉大な神々達を招き、神との共生を持って人生を生きることが出来るようになります。それが祈りの冥想であるディヴァイン・シャクティ冥想です。
フリダヤ冥想のすべてを習わなくてもディヴァイン・シャクティ冥想は実習できます。どの辺りからそれを始めるかは教師に確認してください。教師はあなたの成長を見守り、一番適切な時期に更なる飛翔のチャンスを与えるためにいます。